昭和52年5月15日 特別奉修委員
昨日、テレビで相撲の(?)、なんて言う相撲でしたか、いつも、あの教えてもらってる、稽古をつけてもらっている、あの、人に、あの、その人が勝ちました、したら、そういう事を「恩返し」と言うそうですね。素晴らしいと思うですね。言うなら師匠を投げた、投げられた師匠は赤飯を焚いて祝うてやるという。またそん、投げた方は、「これが恩返し」と言うんです。私本当に信心の世界にもそういう、私はおかげが頂けれるようならにゃいけんと思うですね。えぇ、弟子がちいったばっかり元気が、あの、おかげ頂くと、おぉ、師匠が、返ってその、きっ、機嫌が悪いといったような例が多いですけどね。本当に一つ師匠を投げて、投げ飛ばすぐらいなおかげを頂いて、それこそ恩返しをしてもらいたい、そんな思いがしますね。また私も、本当にあの赤飯焚いて祝ってやりたいような、おかっ、あの、心でおかげを頂かなならんと思う。
先ほど秋山さんが、今度誠治君が学院にまいります。それで前日に帰って、御神前のお掃除をしに帰ったと、したらもう「お母さんがするけん良かが」っち、あのお父さんが言うけれども、「いやぁこれはもう、本職のあんた、先生がしてくれる方がええじゃんの」ちうてしてもらって、まあ大変有難いと思うた、本人も大変、はじめてお神様の、おぉ、お掃除をさしてもろうて、あの、大変感動して帰ってきとりましたが、秋山さんが言われるのに、「もうこれで安心」ということです。信心の継承が、ね、しかも自分の子供の中から、お道の教師にでもお取立て頂きたいと自分が願って、えぇ信心を継承してくれるということは、もういよいよ、秋山の家が、繁盛のおかげになることはもう間違いのないこと。ね。それが有難いとこう、ほんっとにもう信心の継承、ということが喧しく言われる、親は熱心に信心するけども子供に信心がないと、自分が死んだらどうなるだろうかという心配が、第一無くなる、そういうおかげを頂かしてもらわな、まあいけん。
今あの、佐田さんが、まあ一人息子の恵介君が、小学校一年か二年生の時に、あの、替え歌ですけれども、こう、歌を作っておる歌の中に、あの最近、私もそれは、以前聞いて、何年前の話です、佐田さん達は一辺聞いておりましたが、その書いとったのがも、出てきたからと言うて、お母さんがそれを自分でまた書き写してから、あの「これが、なら将来、なら恵介が、自分で信心が出けるようになって、本当にお道の御用にでもお取立て頂くような、働きになってくる、この歌の文句の通りに、おかげ頂いてくれると、有難いことだと」いう願いがありましたけれどね、一つあの、佐田さんあの、今の歌を詠んでみて下さい。しかし本当に、もう、その作っとるとですよね、その替え歌ですけれどもね、その替え具合が素晴らしかもん、ね。
信心さして頂く者が、一番の願いはやはり、その自分の信心を、子に孫に伝える、
(マイクを移動する音がする)
■佐田さんの声
「朝の参りに命を懸けた 僕の意地が一燃える 寄るな起こすな自分でやるさ ああ朝参り一直線 朝の参りは眠たいけれど 止めてはならぬこの修行 言うな騒ぐな自分でやるさ ああ朝参り一直線 朝の参りに願いを込めた 僕の心が神を呼ぶ やるぞ進むぞお道のために ああ朝参り一直線」
一年半朝参りを続けた、、、、、、、。
■初代にマイクが変わる
今、ああその時に、私も聞いておった、あの、けどね、また今日改めてっさい、惚れこそ感動しよる、そのそれが、これからの子供の信心に親が懸けておるということがね、素晴らしいと思わして頂いた。まずはおかげを頂きますように。